冷たい水の中をきみと歩いていく

平坦な戦場で生き延びること

ロバート・キャパについて

ロバート・キャパ(1913~1954)。

おそらく、世界で最も知られたカメラマン。ベトナム戦争に従軍し、スペイン内戦の「崩れ落ちる兵士」という写真で戦場カメラマンとして一世を風靡した。

しかし、アメリカ人風の名前の彼がハンガリー人であり、ナチスの迫害を逃れるように放浪し、実際はカメラのスキルはほぼ皆無であり、本名がエンドレ・フリードマンということは全くと言っていいほど知られていない。

つまり、わたしたちはフリードマンについては何一つ知らず、彼が終生演じたロバート・キャパというペルソナしか知らない。

 

彼のエッセイである『ちょっとピンぼけ』を読んだことがある。書かれていることは、いつも金に困っていたこと、しかし女には困っていなかったこと、そして酒に溺れていたことである。いわゆる伊達男、だったのである。

 

ところでわたしがなぜこの文章を書こうと思ったかといえば、西島大介の『ディエンビエンフー』という漫画を読んで感じたことがあったからだ。この漫画はベトナム戦争の話で、過度にデフォルメされた絵柄にもかかわらず残酷な描写が目立つ作品だ。

その中で、スナイパーが戦場カメラマンの主人公に語りかける場面がある。

「彼はフリードマンではなくロバート・キャパとして戦場を駆け抜けた。彼(フリードマン)はそこにいなかった。」

「だからこそ彼は生き残れたんだ。彼は常に部外者だった。」

 

巷の写真論にもよくある話だが、写真家というのは徹底的に部外者なのだ。

ある瞬間を永遠に切り取るツールが写真であり、写真家はそこには写っていない。

写真一面に広がる笑顔があろうと、どんな悲惨な風景が広がっていようと、写真家はそこには写っていない。写真家は当事者のすぐ近くにいながら、観客として、傍観者として、部外者としてのみそこにいる。彼の仕事は、観客として、そのの写真の観客に対して視線を提供することなのだ(その意味で写真を鑑賞するということは二重に観客である、ということだ)。

写真はいたって論理的で客観的だ。そこには主観的な思想も批評も存在し得ない。写真家がこんなことを伝えたい、と思っていたとしても、それが写真から即ち伝わることはない。だからこそ、写真には文字に起こされた解説が必要なのだ。

 

よく「写真の力」といった言葉を聞くが、わたしはそんなものは信じていない。

写真は写真でしかなく、ある一瞬を切り取って永遠にするだけのものだ。それ以上でもそれ以下でもない。

だからこそ価値があるのだ。空間を客観的に、透徹した眼差しで保存するツールとして、写真以上に優れたものはない。

 

ロバート・キャパの話に戻る。

先に書いたように、彼は伊達男を気取っていた。飄々とした態度で、当事者の直ぐ側にいながら常に部外者だった。だからこそ幾多の戦場をくぐり抜けてきたのだ、とわたしも思う。

彼には使命があったはずだ。戦争を伝えよう、とする使命が。愚直に、ありのままの戦争を伝えようとしていた。しかし、一線のところで踏みとどまっていたのではないだろうか。あちら側に行ったら最後、もう戻ってこれない。当事者と部外者を隔つ一線はそういうものだ。

だからこそ、彼の死はひどく暗示的だ。ベトナムで地雷を踏み、40歳にしてこの世を去った。

わたしは、ロバート・キャパはエンドレ・フリードマンとして死んだのではないだろうかと思う。

常に部外者だった戦場カメラマン、ロバート・キャパは、ベトナムで我(フリードマン)に返り、あちら側に行ってしまった。ベトナム戦争という近代戦争の中でも異常な戦争は、カメラマンとしての嗅覚=一線を越えずに部外者の眼差しを持ち続ける嗅覚をロバート・キャパから奪い去ったのではないか。そう思わずにいられない。