冷たい水の中をきみと歩いていく

平坦な戦場で生き延びること

愛なき森で叫んでみた

Netflixで昨日から配信されている園子温監督の『愛なき森で叫べ』を観た。

 

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椎名桔平演じる天才詐欺師・村田丈に翻弄されて崩壊していく人々の物語。下敷きになっているのはかの悪名高い「北九州監禁殺人事件」。監督・脚本は園子温。尖ったコンテンツを制作・配信するNetflix。予告編で「人生ってジョークだよ。俺にとって壮大なジョーク」と嘯く椎名桔平を見て以来,私はとにかくこの作品が気になっていた。

 

作品の感想とか書くのは苦手なのでざっと書くに留めるが,まさに園子温監督がやりたいことを全部やっている感じの総決算的な映画だった。

 

自身の過去作のセルフパロのようなシーン(『冷たい熱帯魚』のでんでんが出演している)や,「これは別の事件も盛り込みたかったんだな」と思わせるシーン(「長野の山荘」というワードはそれ単体で別の意味を持ちうる),複数視点での物語進行などもあり,全体的に「猛毒のごった煮」といった様相を呈している。よく言えば内容盛りだくさんなのだが,悪く言えば詰め込みすぎで,主題がボケてしまって散漫な印象だ。モチーフとなっている北九州監禁殺人事件の要素はやや薄い。

 

私は監督の作品のキモとも言われる(らしい)「グロシーン」「スプラッタシーン」にはそこまで興味がない。それはどう見てもチープだなとしか思えないからで,正直なところ『カメラを止めるな!』のスプラッタシーンと大差ない。それよりもむしろ『冷たい熱帯魚』にも見られた巧みな心理描写,つまり「村田」がどうやって他人を支配していったのかに最も興味があった。

 

『愛なき森で叫べ』は2時間半の作品だが,正直なところ村田が一家を乗っ取るまでの描写は短く割とあっさりしている。だからそんなにあっさり人間を支配できるかな,と疑問に思ってしまう。でんでんは『冷たい熱帯魚』のように村田を透明にしてやればよかったじゃん(あっちではでんでんが村田だったけど)

 

前述の通り,この映画は猛毒のごった煮である。それは事件に巻き込まれていくミツコとタエコの過去を同性愛的な『自殺サークル』『リップヴァンウィンクルの花嫁』を思わせる退廃的な雰囲気で描いていたり,作中で撮られている映画で役者が村田の役を演じるうちに村田にのめり込んでいくという二重構造を描いていたりと,とにかくたくさんの展開があるからに他ならない。なので欲張った結果,心理描写はややあっさりで不自然だと言わざるを得ない。

 

しかしそれでも,この映画は2時間半とは思えないような異常に濃い「事件」を見せつけて我々をぶん殴ってくる。その意味で園子温監督の総決算的な作品だと思う。当初思っていたものとは違っていたが,これはこれで大満足な作品だった。

 

話は変わるが,新しい園子温作品を観るたびに,初めて観たときのことをハッキリと思い出す。おそらくそれは,多くの(特に犯罪を扱った)園子温作品には「実在の事件にインスパイされて作られた」という共通点があるからだろう。後述の『愛のむきだし』は部分的にだがオウム真理教事件,『冷たい熱帯魚』は埼玉県愛犬家連続殺人事件,『恋の罪』は東電OL殺人事件をモチーフにしている。

 

大学2年生の頃,友人Mに誘われてオールナイトの劇場で『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『恋の罪』を観たのが園子温作品との出会いだ。私は遅れて行ったので『愛のむきだし』の後編(この映画は4時間近いので途中で休憩が入る)らへんから入場して観ていたのだが,観終わったころにはすさまじい「猛毒」にやられてすっかり意識は朦朧としてしまっていた。覚束ない足取りのなか,劇場を出た瞬間に目に入ってきた朝日の眩しさは,今まで観ていた陰鬱な映画との対比もあって印象的だった。

 

その後調べてみると昔読んだ古屋兎丸氏の漫画『自殺サークル』と同名の映画を撮っていたことを知り,その前日譚の『紀子の食卓』もあわせてTSUTAYAでレンタルして観たりしていた。古屋兎丸氏はなぜか『愛のむきだし』に出演している。ちなみに宮台真司氏もなぜか出演している。

 

園子温監督が原発事故をモチーフにした『希望の国』を公開したとき,早稲田大学で公開イベントということで試写会を開催していた。友人Mに教えてもらってふたりでウェブから申し込んだが,タッチの差で彼は先着順に間に合わず,私一人で観てきた。ちなみに上映後は園子温監督も登壇したのだが,私は映画が観たかっただけなので終わった途端に帰った。いま考えても自分らしいエピソードだと思う。

 

なお,自覚しているとおり,私は熱しやすく冷めやすい性格なので大学3年生になる頃には園子温監督熱もちょっと冷めていた。しかし不思議なことに,そのタイミングでまたしても園子温作品と出会うことになる。

 

大学3年生の頃,友人Mたちと車で旅行に行った。大阪西成のスナックで飲んでいたとき,店内のカラオケでMが星野源地獄でなぜ悪いを歌い出したのだった。この曲は園子温監督の同名映画の主題歌である。

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ふだんは寺尾聰とかが流れてそうな店内にマッチしない選曲に,スナックのママは「あらお兄さんいい曲ね」なんて言っていたが,確かにめちゃくちゃいい曲だしMVもめちゃくちゃよかった。そして星野源を知ったのもこのときが初めてだった。ちなみにこの映画では星野源は俳優としてもいい役を演じている。

 

このように,私にとって折に触れて不思議な出会いをさせてくれるのが園子温作品なのだ。一作一作が強烈なため,その出会いはなかなか忘れがたいものなのだ。

 

さて,最後に。園子温監督は今年の2月に心筋梗塞で倒れたことでニュースになっていた。

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そして監督は『愛なき森で叫べ』が大変すぎてぶっ倒れたんだ,とも語っている。真偽のほどはわからないが,園子温監督が文字通り命を懸けて作った本作,観る側にも相当の覚悟と胆力がいるのは間違いない。猛毒でぶん殴られる覚悟を決めて観ることをおすすめする。

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終わり。