冷たい水の中をきみと歩いていく

平坦な戦場で生き延びること

牛丼の不遇

さて、今日も今日とてなんとなく書き始める。

 

今回は物の価値とかそんなことについて考えたい。

今日のお昼ごはんに、近所に最近出来たしゃぶしゃぶ屋に行った。1000円ちょいでしゃぶしゃぶが食べ放題。私はまだ行ったことがないが、夜には寿司も食べ放題になるらしい。野菜はサラダバーのようになっていて、取り放題。お肉も店員に言えばすぐに持ってきてくれる。ドリンクバーは100円で、しかもクーポンで無料になる。うどんやラーメン、ご飯にカレー、かき氷やソフトクリームなどはっきり言って至れり尽くせりというやつだ。

そんな環境なのでお店は親子連れが多く、小さい子どもがドリンクバーの前でワイワイしてたり主婦が色んな話をしていたりといった感じだ。

 

そこでしゃぶしゃぶを食べながら、ふとこんなことを思った。

「しゃぶしゃぶってこんなにファミレス感あったっけ…?」

 

しゃぶしゃぶといえば、なんだか高級感のある響きだ。すき焼き・しゃぶしゃぶはひとくくりにして高級な「ハレの日の料理」といった感覚がある。おそらくその感覚は、だいたいコンセンサスを得られるのではないだろうか。私にとっても、多少その概念は揺らいでいるがやはり根幹の部分ではそれらは高級なもので、なんだかテンションが上がるものであることは変わりない。しかし、やはり歳をとったからなのだろうか、変化が出てきた。

 

高校生の頃、文化祭の打ち上げで何度かしゃぶしゃぶを食べに行った(たしかその店はすき焼きも選べた気がする)のだが、そこから私にとってのしゃぶしゃぶ(orすき焼き)は急速に安っぽいものになっていった気がする。

特に大学生の頃は、新歓でそのようなお店に行くことも多くなり、しゃぶしゃぶといえば食べ放題+飲み放題の安価なお店でだいたい3000円くらいだった。安い。

 

極めつけは今日お昼のしゃぶしゃぶである。食べ放題で1000円ちょい、どこまで安くなるんだ。

まあ私が食べたのは豚肉のしゃぶしゃぶで、牛肉のしゃぶしゃぶはもう少し高かったようだが、豚だろうが牛だろうがしゃぶしゃぶであることに変わりはない。どっちにしても、肉を湯にくぐらせ、タレに付けて食べるという工程自体は同じなのだ。

 

別にだからどうということはない。高級なしゃぶしゃぶ・すき焼きは相変わらず存在しているし、単純に非常に安価なしゃぶしゃぶ・すき焼きが出てきたというだけの話だろう。中間があるのではなく、高級なそれとファストフードなそれに峻別されはじめたというだけの話だ。

 

しかし、依然としてしゃぶしゃぶ・すき焼きが高級で特別な食べ物のイメージを保持しつづけているのは、その非日常性ゆえではなかろうか。目の前に鍋があり、そこに肉をくぐらせる。それをタレに付けて食べる。その非日常性ゆえに、それらは未だにその輝きを失わないのだ。寿司もこれだけ一皿100円のようなお店がありながらまだ高級なイメージを持ちつづけているのは、その非日常性ゆえだとおもう。

 

一方、牛丼はどうだろうか。牛丼はもうイメージが安い。300円台のイメージだ。大変不遇なことだとおもう。

あまりにも日常に溶け込みすぎたがゆえの悲劇だ。牛丼即ファストフードのイメージは、これまただいたいのコンセンサスを得られるだろう。もちろん高級な牛丼もあるだろうが、どうしてもイメージとして300円台が先行する。この点、しゃぶしゃぶやすき焼きは異なっている。まだそこまで安価なしゃぶしゃぶ・すき焼きが広まっていないのだろうか。寿司はなんだか高級とファストフードで完全に真っ二つに割れてしまった気がする。まあ寿司は回ってるか否かでだいたいどちらに分類されるのかがわかりやすいので、その点のイメージを区別しやすいかもしれない。

 

牛丼まで行くと、完全にファストフードのイメージになってしまうが、今後はしゃぶしゃぶやすき焼きもそっち寄りになっていくのだろうか。寿司はかなり二極化しているが、今後のしゃぶしゃぶすき焼き業界の動向が気になるところだ。

 

改めて調べてみたところ、そのしゃぶしゃぶのお店はすかいらーくグループだそうで。

そりゃあファミレス感あるわ。ファミレスなんだから。