一瞬の間
近所ではよく,演説をしている人たちがいる。だいたいはおじいさんかおばあさんだ。
「憲法改正反対」
「コロナは嘘」
「自民党の独裁を許すな」
などなど。
足を止める人は誰もいない。何やらビラを配っているが,受け取る人もいない。僕もいつもどおり,通り過ぎるところだった。
ところがその日,僕の目の前で演説が終わったのだ。拡声器でがなり立てていた喧騒から静寂に転じるその一瞬の間。その空気が満足そうなおじいさんもおばあさんを包み込んでいた。何だかわからないが,僕はそれがずっと心に残っている。
モードが切り替わるタイミング,というのが好きなのだと思う。
例えば,電車で友人同士盛り上がっている2人の女子大学生。
「その時先生がさー」
「こないだのサークル会議でさー」
と楽しそうだ。
1人が目的の駅で降りる。もう1人が「じゃあねー」と笑顔で手を振る。プシュー,とドアが閉まる。電車が動き出す。駅が離れていく。
ふと女子大学生の方を見やると,先ほどの笑顔はどこにもない。スマホに目を落とし,何やら難しい顔をしている。
モードが切り替わったんだな,と思った。
その一瞬,空気が変わるとしか表現し得ない「間」。
昔の人が「逢魔が時」「黄昏時」と呼んだ,昼と夜との間の時。
日々いろいろなものを無くしていく中で,こういうものに気が付ける感性は失いたくないなと思う。