冷たい水の中をきみと歩いていく

平坦な戦場で生き延びること

アフロがデカすぎるひとの話

日,早稲田松竹という高田馬場にある映画館に行ってきた。ここは最近では少なくなった「二本立て(同一料金1,300円で2本映画が観られる最高のやつ)」の名画座である。かなり上映作品のチョイスが良いので学生の頃から定期的に通っている。

wasedashochiku.co.jp

 

ちなみに観てきた映画はジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X(デジタルリマスター版)』ゼイリブ(HDリマスター版)』である。いずれも30年以上前の映画だが,現在でもSFホラーの金字塔!などと呼ばれている。リマスター版で画質も音質もかなり向上しているとの触れ込みに期待も膨らむ。

thething2018.jp

theylive30.com

 

上映まで少し時間があったので,向かいの喫茶店エスペラント」で珈琲を飲みしばし時間をつぶす。周りの席では編集者と作家が煙草を吸いながらの打ち合わせをはじめ,大学生がオシャレな煙草を吸いながらこれから留学で行くらしいフランスのトークに花を咲かせ,おばあちゃんが煙草をふかしながらひとりで新聞を読んでいる。穏やかな昼下がりを感じつつ,私はiPadでdマガジンを読み上映時間を待つ。

 

ところでみなさんは映画館でどこの席に座るのがすきだろうか。だいたいの映画館は左・中央・右と3つに島が分かれていると思うが,私は中央の島の両端に絶対に座るようにしている。一番良く観えるのはたぶん中央の島の真ん中の席なんだろうけれども,出入りする際に「アッ……スマセン……スマセン」と言いながら座ってる人の前を通るのがとにかく嫌なのでいっつも両端に座る。そういえば大学生の頃も講義ではいつも端っこに座って,飽きてくるとスッと退出するようにしていた。両端はアクセスがいいのだ。

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中央の島の両端がすき。

 

 

さて,5分前になったので映画館に入る。この映画館は自由席で,入場順で席に座ることになる。スクリーンに入ると,客席は7割ほど埋まっている。平日の昼過ぎでもこんなに席が埋まっているとは思わなんだ。これは誤算。「中央の島の両端」が埋まってしまっているかもしれない!急いで中を見渡す。

 

奇跡的に一箇所だけ空いている。やった!と内心ガッツポーズをキメながら足早にその席に荷物を置き,ひとまずトイレに向かう。上映1分前くらいに戻り,安堵感とともに席に着く。

 

するとすぐさま「ん?」という違和感がある。なんだろう,視界になにかチリチリしたものがちらつくぞ……。

 

そう,前のひとの頭が物理的にでかかったのだ。ただでさえ背が高いひとで,さらに座席からはみ出しているパパイヤ鈴木みたいなでかいアフロ。「おいちょっと待て席変える!!!」と腰を上げたが時すでに遅く,上映を告げるブザーが鳴る。たぶんその席が空いていた理由はそれだったのだろう。諦めて再び腰を下ろす。

 

・・・明らかにチリチリしたアフロがちらつく。ちょっと泣けるシーンやシリアスなシーンでも常にアフロが視界の片隅にある。しかしこのアフロの人も上映中にスマホを見たり飲食で大きな音を立てたりとマナー違反をしているわけではない。なんなら鑑賞マナーはすごくいいひとだった。ただアフロがでかすぎるだけで……。罪を憎んで人を憎まず,アフロを憎んでアフロの人を憎まず。

 

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ゼイリブ』を観ている時の私。

 ちなみに映画はどっちも面白かった。

『遊星からの物体X』は「物体」の造形がとにかくグロテスクで,人間に擬態する彼らをあぶり出すシーンの緊張感がすさまじかった。意味深なラストも良かった。

ゼイリブ』は世界の「本当の姿」がかくもおぞましく,しかもそれがエイリアンによって作り出されて大衆が「幸福だと思わされている世界」だという衝撃,現代社会に照らし合わせても通ずる空恐ろしさがあった。

 

 終わり。

沖縄滞在日記

ールデンウィーク,4/30-5/3まで沖縄に行っていた。今回は簡単に沖縄旅行記を認めてみる。

 

◯1日目

奇しくも平成最後の日を沖縄で過ごすことになった私は,昼過ぎに那覇空港に降り立った。割とだだっ広いという感じの空港で,なぜかショボいUFOキャッチャーが置いてあったりする。とりあえず空港職員さんも利用するという「空港食堂」さんでゴーヤーチャンプルを食べた(うっかりしていて写真を撮り忘れた)。確か600円くらいで,こういう「ザ・食堂」のご多分に漏れず,めちゃくちゃ美味いし安定感があった。

tabelog.com

 

初日は渡嘉敷島という離島で,ダイビングショップが経営している宿に泊まることにした。那覇泊港からフェリーに乗り込み,30分ほど揺られると渡嘉敷島に到着。渡嘉敷島慶良間諸島に属し,「ケラマブルー」と称される海の綺麗さがよく知られている。

 

渡嘉敷島に着くと宿のオーナーさんが迎えに来てくれていた。浅黒い島美人といった感じのオーナーさんだ。そのまま車に乗り込んで宿に向かう。3分ほどで到着。軒先にウェットスーツやらタオルやらシャツやらいっぱい干してあり原チャが置いてある。まさに「おっそうそう,こういうのだよこういうの!」という感じのお宿。やっぱ島に来たらサービスの行き届いた高級ホテルじゃなくて,こういう宿がいい。

 

引き戸をガラガラ開けて中に入るといきなり謎のオッサンがおり「うい!」と元気良い声をかけられる。手には缶チューハイ

はえーよ。到着1分で”島感”全開じゃねーかよ。

 

原チャに乗って島内を一周したい,と事前にオーナーさんに話をしていたので早速それに乗ることにした。なおいまだかつて私は原チャに乗ったことがなかったが,事前に電話して相談したところオーナーさんから「いけるいける!」と力強いお言葉をいただいたので,乗ることにしたのだった。

 

オーナーさんに簡単に操作方法を教わり,とりあえずこのへん一周してきたら?と言われたので,アクセルをかけたところ勢いよく車体が走り出し振り落とされそうになる。「えーっ」と驚愕するオーナーさんとオッサン。「いや,いまのは無しです」と言いながら再度アクセルをかけるとギュン!とまたしても勢いよく車体が飛び出す。しかしオッサンの「大丈夫だ!行って来い!知らねーけど」という力強い言葉を信じ,なんとかかんとか走り出した。ちなみにこのオッサンは適当なことを言って最後に「知らねーけど」と言うのが口癖だった。知らねーのかよ。

 

最初こそやばい感じだったが,いざ走り出したら何ということもなくすぐに安定した。そもそも島内に信号も1か所しかないような感じなので,対向車もほぼいない。軽快に原チャを走らせたので,以下に写真を貼っておく。途中で原チャを停めたらまったくアクセルがかからなくなって焦ったこと以外は何の問題もなかった。

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原チャで坂道を登りきったら見えた景色。

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浜に降りるとこんな感じ。

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渡嘉敷島の南端,最果て感のあるRPGのラスボスに向かう一本道みたいな岬。向かいに見えるのはウン島という無人島。ここは4年前に友人と来たときに「ウン島って名前何なんだよ」と爆笑したことがある。

www.ritou.com

 

原チャを返して刺身や煮魚の夜ご飯を食べたあと,オーナーさんが泡盛飲もうよ!」と言い出して自然に飲み会が発生した。オーナーさんとオッサンと三人で名産のまぐろジャーキーを突きながらオリオンビール泡盛を煽る。「キミ島暮らし合うと思うよ!」「令和初ダイビング楽しもう!」と盛り上がり,ここでこのオッサンが宿のスタッフではなく長期で泊まっている客であることが判明。”島感”全開じゃねーかよ。

翌日のダイビングに備えて寝る。初日終了。

 

◯2日目

明けまして令和の5/1。この日は午前はダイビング,午後はシュノーケリングの予定。朝食を食べながら清々しい令和の朝を楽しむ……どころではなく,外では凄まじい雨音が響いている。

 

そう,この日は全国的に天気が悪く,特に沖縄はマジ熱帯のスコールが降りまくっていた。都会のゲリラ豪雨が可愛く見えるレベルの轟音が響き渡る。

私「雨エグいですね(ドザーという轟音を聞きながら)」

オーナーさん「潜っちゃえば関係ないよ!」

私「なるほど(そういう考えもあるのか)」

 

ウェットスーツを着てオーナーさんの車に乗り,5分ほどで港に到着。「ちょっと待って」と言われ座って待っているとドドドドという音がし,オーナーさんが船を運転しながら颯爽と登場。カッコ良……あなた何でもできるんすね……!

 

実際潜ってしまうとあんまり雨とか関係なくて,透明度の高い海を楽しめた。なお私は安っちい水中カメラしか持っていなかったので,基本ブレまくりのショボい写真しか撮れなかった。

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熱帯っぽいよくわからん色の魚たち。

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ウミガメがユラユラ泳いでいたので,並んで泳いでみた。可愛かった。

後日,一緒に潜っていたオーナーさんが撮った写真を送ってもらった。めっちゃくちゃキレイ。絶対に良い水中カメラが欲しくなった。

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この日は一日中海を楽しみ,心地よく疲れる。オーナーさんとスタッフではないことが判明したオッサンに「ぜってーまた来る!」と言い残し,夜のフェリーに乗り込み那覇泊港へ。

 

夕飯は那覇のホテル近くをブラブラしていたら見つけた「海遊亭」という居酒屋へ。すぐさまオリオンビールを飲み,後先考えず「とりあえず名物押さえておくか!」のノリで沖縄感ある料理をバカスカ注文する。何を食っても美味い。
tabelog.com

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海ぶどう/カジキの酢味噌和え。

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サザエの炒めもの/フーチャンプルー(お麩の炒めもの)。

 

◯3日目

午前中は那覇を観光することにし,朝から「塩対応だが美味い!」と評判のサーターアンダギーのお店に行ってみる。住宅街にあるので,割と街中にスッ……と現れる。

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店員のおばあさんは言うほど塩対応でもなく,まだ温かくサクサクして美味しい。口の中がパッサパサになることもなく,これは確かに美味い。

 

沖縄は最高なので,ブラブラ散歩していると普通にめちゃくちゃ綺麗なビーチが出現する。国際通りの近くですぐ横をめちゃくちゃ車が走ってる思えない透明度。

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ビーチのすぐ側に思いっきり沖縄ナイズされた神社もあった。

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第一牧志公設市場へ行ってみる。かなり老朽化した建物だったが,どうやら近々建て替えるらしい。

www.okinawatimes.co.jp

市場の中は完全に異国の雰囲気で,中国語が飛び交っていた。上野のアメ横地下食品街っぽい。うかれたハリセンボンがいたり謎の色の魚たちが売られていた。

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鮮魚店で刺身を作ってもらって食べた。イラブチャーシャコガイとグルクン。こりゃ美味いわ。渡嘉敷島の客から「あそこはぼったくられるぞ!」と言われていたので注意していたが,うっかりしているとかなり高額をふっかけられそうな生き馬の目を抜く感じだった。スリル満点。

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国際通りにも行ってみる。とりあえずブルーシールのアイスノルマ達成。サトウキビ味&ブルーウェーブ味。

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この日は瀬底島という,沖縄本島中部から瀬底大橋が伸びている島に泊まる予定なので早速国際通りから移動する。高速バスに乗り,3時間くらいかけて那覇から本部(もとぶ)という北部の港へ向かう。意外と沖縄ってでかいことに驚く。本部から車がバンバン走る橋を歩いて瀬底島に渡る。基本的に車を運転するのが怖いので,公共交通機関か徒歩になってしまうのだが,綺麗なビーチを歩きながらじっくり見られるのはなかなか楽しいものだ。

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上の写真のアンチ浜というビーチが綺麗で有名。名前がちょっとアレだが,いいビーチだ。余談だがビーチででかい犬が犬かきしており「本当に犬ってああやって泳ぐんだ……」ってなった。

 

着いたのは16時頃だったが,瀬底島にある店はことごとく16時に閉まった(!)ので,夕飯どうしよっかなと宿で自転車をレンタル。瀬底大橋を渡り,本部の街に繰り出す。

 

割と本部の街はでかくていろんな店があったが,あんまりしっくりこなかったので個人的によくやる「地元のスーパーで地元の飯を安く買って食うやつ」をやった。旅先ではどうしても外食ばっかりになりがちだが,これはなかなか気楽にやれるオススメのソリューション。ジーマーミ豆腐やクソほど量の多いモズク,あと撮り忘れたが紫いもの揚げ物やサーターアンダギーやスパムおにぎりなど,「沖縄!」という感じの飯で最高になっていた。あとオリオンビール

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◯4日目(最終日)

いよいよ沖縄最終日。湿布くせぇ激ウマ飲料ことルートビアを飲みながら起床。ちなみに沖縄滞在中に5本くらい飲んだ。激ウマなので。

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さて高速バスに乗り,美ら海水族館へ。水族館の観光客で道路は大渋滞していた。みんな考えることは同じなんだなと痛感。

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しばらくさまざまな水槽を見て回り,いよいよジンベイザメのいるエリアへ。巨大な水槽にユラァ……と現れる巨大なジンベイザメはさすがに圧巻の一言であった。昔の人がデカイ岩や山を信仰していたように,巨大なものに対する本能的な畏敬の念ってあるな……とマジで思った。

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クソでかいニシキエビ。右上の魚の「マジか!」みたいな顔が可愛らしい。

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可愛らしいアオリイカ。綺麗。

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美ら海水族館を堪能したあとは再び高速バスに乗って名護に向かう。もうこれほとんど高速バスの旅だな。名護は降りた瞬間にタコライスの匂いが漂い始め,ここは最高の街っぽいなと強く予感する。那覇みたいに人ごみもない。店も少ない。しかしどこからともなくタコライスの匂いが漂い,陽気な音楽が聴こえてくる……。那覇国際通りはFAKEでここが本物の沖縄か?

 

とりあえず昼飯を「宮里そば」さんで食べる。ソーキそばではなく三枚肉そば。確かにソーキそばは骨付き肉が乗っているけど,これは豚の角煮っぽい。鰹の出汁が優しくて美味い。名護に行くことがあればぜひおすすめしたいお店だ。

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またしてもブラブラしていたら古代遺跡が現れる。名護市役所だ。細かい部分の造形がすごくて,オタクが作ったすごいレゴブロックみたいだな……と思った。どうやら有名な建築集団の手によるものらしい。ICOとかに出てきそう。

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「21世紀の森ビーチ」というハイソな名前のビーチで黄昏れているうちに,空港に向かう高速バスの時間になる。もう時間だ。現実に戻る時間。

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そうだ,東京へ帰る時間だ。もうあの時間は終わって,君も人生と向き合う時なんだ。

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そして23時半頃に羽田空港に到着。現地で買ったアロハシャツで完全に浮かれた人になりながら,帰途についたのであった。

 

終わり。

令和の世に改めて『朝霧の巫女~平成稲生物怪録』を考える

て,令和の時代が始まったわけだけれども,あえて作品名に「平成」を冠する朝霧の巫女~平成稲生物怪録~』について再考してみたい。

 

これは中学生の頃に初めて手に取って以来,私を魅了してやまない作品だ。大学で法学部の講義以外に日本神話や民俗学の講義を取ったり山窩についての本を読んでみたりといった枠に留まらず,自身の人生観価値観にも多大な影響を間違えなく与え続けている。本記事の最後には舞台を巡礼した記録を書いているので,興味のある向きはそちらもご一読いただければ嬉しい。

 

◯以降,作品の核心に触れる記述がありますのでご注意ください

まず言いたい。この作品には全体を通じて強いアナロジー通奏低音として流れている。「スサノオノミコト」は「後醍醐天皇」に比定され,「天皇」は「ヒルコ」「ハヤサスラヒメ」に比定される。のっけからいきなり何を言っているんだと思われそうだが,そういう物語だ。

 

同時に,この作品は妄愛と舫(もやい)の物語でもある(ちょっと韻を踏んでいる)。相手を愛しすぎるゆえに傷つけてしまう妄愛。舟と舟とをつなぐ「舫」。これは本作で何度も出現する重要ワードであり,人と人との有機的つながりを指している。後述のこまさんというキャラクタはそのふたつの構成要素の象徴的な存在である。

 

なお朝霧の巫女』は序盤と中盤以降では別作品のようになっている。序盤は巫女さんと主人公との恋愛もののように見えるが,中盤以降はガチガチの民俗学や日本神話の要素を織り込んだハードな作風となる。 まず,『朝霧の巫女』のあらすじについてWikipediaを引用すると,このように書かれている。

主人公の少年・天津忠尋は、母親の置き手紙によって、いとこである稗田三姉妹が住む広島県三次市に引っ越して来る。到着早々、正体不明の化物に襲われるが、迎えに来ていた稗田三姉妹によって窮地を救われる。それから毎日、忠尋は化物に襲われる日々を過ごすことになり、やがてこの国の存亡に関わる戦いに巻き込まれていく。

 

確かに概要だけなぞるとこのような話ではあるが,しかしこのあらすじにはある重要なキャラクタが書かれていない。それは猫またであるこまというキャラクタである。

 

◯こまさんのこと

あやかしである彼女は「人の血を『家』として寄る辺とする猫」であり,彼女を支えるものは「体朽ちてなお離れる事のない『家』への執着」である。

dic.pixiv.net

 

こまさんは大変魅力的なキャラクタだ。彼女は主人公の祖父の妻,つまり祖母にあたる存在である。そして同時にあやかしであり,ひととは異なる時間を生きている。かつて最愛の息子(主人公の父)を誤って殺してしまい,孫(主人公)もその手から奪い去られた。すべての惨劇はこまさんの深すぎる妄愛ゆえに。誰かを守ろうとあがけばあがくほど,その爪は相手を引き裂いてしまう。

おまえの執着が子を殺す

子を思うならその呪われた手を遠ざけることだ

もはやおまえを顧みるものはどこにもいない

その妄愛が枯れ砂と帰すまで独り漂泊し続けるのだ(五巻,p.206)

家と子を失った

全て叶わず終わってしまった

いま一度やり直せればと幾千悔やんだことか

あゝ忠寿や

私はおまえをもう一度

もう二度三度幾千でも孕みたい(五巻,p.216)

 

彼女は自らの執着を自覚しており,それゆえに作品における彼女の”最期”は必然とも言えた。その際のセリフは大変印象的である。彼女は執着そのものであり,それを抱いたまま消えていく。その姿は涙なしには語れない。

わたしは自分の正体がわかっている

この執着は我が身そのもの わたしだけのもの 誰にも渡さない(八巻,p.67-68)

私はいつも取り残されてきた

せめておまえが死ぬより先に私は死にたい(四巻,p.119)

 

なお,この作品ではこまさんが述懐するかたちで,「あやかし」を以下のように描いている。彼女たちは人から生まれた存在でありながら人に恐れられる。まるでフランケンシュタインと彼が生み出した怪物のように。

 

彼女は執着を抱いたまま,しかし誰にも愛されず,寄る辺もなく彷徨うしかないのだ。

――私たちはね

人の心から生まれた怪物なんだ

茫漠とした心の影が像を結び魂が宿った鬼

人から生まれた怪物は人に黒く妄執し人は怪物を恐れ忌避する

人の傍らにありながら人と相容れない (五巻,p.132-133)

 こまさん

こんな家にのぼせて忠寿を犠牲にしないで

あやかしのあなたたちの寄る辺はもうどこにもないのよ(五巻,p.191)

おまえはとうにこの男の孤独の心から結びを解かれている

舫はどこにもつながれず舟は暗い海に投げ出されている(五巻,p.192) 

 

スサノオノミコトのこと

この作品で「悪役」と言い切ってしまうのは難しいが,強いて言うなら悪役はスサノオノミコトという神であり,主人公やこまさん,後述の天皇が率いる軍隊は彼と戦っている。

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彼の目的は「生と死を分かつ境界である黄泉平坂の岩を取り除き冥府の母と結ばれ新しく国を作り直す」ことであり,端的に言えばマザコンである。そしてそのために必要な主人公の力を奪おうとしている。

 

日本神話の中でもスサノオノミコトは母であるイザナギノミコトが亡くなったときには母がいる冥府に行きたいと泣き叫ぶなど,実に人間臭さを感じさせる神である。そして,彼は純粋無垢で幼い神である。彼は人々の幸せを祈る「本当の神」であり,いつか人に訪れる死の別離や孤独の漂泊を恐れる。だから人の汚れた世を終わらせて,新しい世界を創ろうとする。世界を創り直そうとする。

現世に族生する穢き産屋を打ち砕き

清き焔を喪屋の柱として突き立てよ(八巻,p.198)

そうやって尊いものを台無しにして

生に群がり しがみつき何が満たされるというのか(九巻,p.96)

 

 

日本神話ではイザナギノミコトとイザナミノミコトがまぐわって国を生んだ(国生み神話)として知られている。そして本作のスサノオノミコト冥府の母とまぐわって国生みを再度行おうとしているのだ。やばい。

朕はいざ国の乳房をお迎え致し

現世幽世国平らげて

これに我らが常しえの家をうち建てん

天下の人民鳥獣草木に至るまで頭を伏してかしこみ音に聞け

天地を漂り遊び猛ぶる神の名をぞ素盞嗚と号すなり(五巻,p.231-234)

 

さて,本作ではスサノオノミコト後醍醐天皇に憑依していることになっている(唐突)。そこには前述のとおり,スサノオノミコト後醍醐天皇の強大なアナロジーが働いている。スサノオノミコトというのは前述のとおり日本神話の荒ぶる神であり,姉のアマテラスオオミカミから天上である高天原を追放されて地上で英雄的性質を身に着けていく貴種流離譚の典型的類型である。一方,後醍醐天皇も貴人でありながら倒幕を企て島流しにあい,後に脱出して建武の新政をなし南北朝時代を現出させた。朝霧の巫女』では両者を重ね合わせるという一種の”荒業”をやってのけている。

 

天皇のこと

スサノオノミコト後醍醐天皇に比定されているごとく,彼と敵対している天皇ヒルコに比定されている(そもそも天皇の名前は”日瑠子”である)。

 

スサノオノミコトが人の汚れた世を終わらせようとするのに対し,天皇は人の汚れた世を守ろうとする。その「汚れ」すべてに意味を見出し愛するのが天皇であり,純粋さゆえにそれを唾棄すべき汚物と吐き捨てるのがスサノオノミコトである。

日々の欲望や争いが醜くとも

苦い後悔や別離を繰り返すとも

その歴史がいかに滑稽で愚かに見えても

私はそれを愛しく思いたい

人々の些細な繰り返しの営みにはかけがえのない意味が

戦って守る価値があると信じたいのです(九巻,p.88-89)

 

そもそもヒルコとは古事記においてイザナギノミコトとイザナミノミコトが最初に生んだ子であり,未熟児であった。彼らは不吉な存在だとしてヒルコを船に乗せて流し,いなかったことにした。これは言い方が悪いが「ケガレ」や「罪」を身代わりとして舟に乗せて流すという流し雛と重なる。そして,さらに『朝霧の巫女』はもう一歩踏み込む。

外部化された生け贄は常に”共同体”が安定するために必要とされる

形は違えどいるではないか

贄として生け簀に飼われ祭られるマレビトの一族(六巻,p.101)

 

そして生け贄として舟に乗せられ流される。「ケガレ」や「罪」を背負わされて。

・・・・・・それが『朝霧の巫女』の世界における「天皇」である。

舟の守人であり穢れを引き受ける流し雛ハヤサスラヒメ

わたしたち異人の一族はこの国の柱であり世界を清廉に保つための贄である

雛人形はその日が来るまで

きれいに飾られ大切に扱われ敬られる(八巻,p.100)

 

 私はこの世界の「天皇」と現実の天皇にすらアナロジーを感じてしまうのだが,それは言いすぎだろうか。

 

日本神話で身代わりとしてケガレを背負い流された「ヒルコ」と,自ら鋳造した舟で流されることで神が国生みし人が繁栄した現世のケガレを引き受ける「天皇」は,これまた強大なアナロジーで結び付けられる。さらに,天皇「ハヤサスラヒメ」にも比定されている。ハヤサスラヒメは大祓詞のなかに出てくる神であり,流れ着いたケガレや罪を受け入れる神なのだそうだ。そしてその「罪」はどんなものでも受け入れる……。それがヒトのものであっても,神のものであっても。というのが本作のモチーフになっている。

 

なお『朝霧の巫女』における天皇は言うまでもなく美少女である。

yaoyoro.net

 

さて,南北朝時代北朝南朝に分裂した天皇家だが,後醍醐天皇に端を発する南朝は滅びたとされてきた。しかし昭和に入り南朝天皇を主張した「天皇」が存在した。それが熊沢天皇である。熊沢氏は昭和天皇の退位を求める裁判を起こしたことで法学部の人間には若干の知名度があると思われる。

kotobank.jp

朝霧の巫女』には熊沢菊理(くまざわくくり)という女子高生がおり,スサノオノミコトは現代では彼女を依り代にして降臨している。つまり南朝天皇が,女子高生の熊沢天皇。。。そして北朝の日瑠子天皇もおそらく女子高生くらいの年齢と思われる。これは女子高生天皇同士の,国をかけた現代の南北朝戦争なのだ。なんだそれ。

 

※これは今日知ったことだが,菊理姫(くくりひめ)」という神が存在するのだそうだ。名前の通り縁を「くくる」,つまり縁結びの神でありイザナギノミコトとイザナミノミコトの夫婦喧嘩を取り持つシーンが有るのだそうだ。ますます作者である宇河先生の見識の深さに驚くばかりだ。

shinto-bukkyo.net

 

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(以下は『朝霧の巫女』の聖地巡礼をした旅行記である)

 

2018年4月,私は退職して旅に出ていた。西日本をぶらぶらしていたのだが,その途中で三次市に立ち寄った。写真の鳥居は,巫女三姉妹が暮らす稲生神社のモデルとなった大歳神社であり,そこで売られていた霊験あらたかな巫女三姉妹のお守りである。

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そして何を隠そう,私が泊まったのは朝霧の巫女~平成稲生物怪録~』の作者・宇河弘樹先生の奥様が経営されているお宿なのであった。やば!!!

himikokura.net

本当に素敵な宿で,ダイニングにはさまざまな画集が置いてあり,良い雰囲気だった。奥様お手製のごはんもとても美味しかった。そして宇河先生ご本人も登場!!!

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当時のツイートを振り返ってみるとその興奮具合がよく伝わってくる。目の前の宇河先生にこまさんの深すぎる盲愛が大好きだと述べ,人ならざるこまさんの弱さが愛おしいと力説し,持参した単行本にこまさんのイラストを描いていただいたのだった……。一生家宝にします。あのときはありがとうございました。絶対にまた行きます。

 

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朝霧の巫女』には「稗田倉子」「稗田柚子」「稗田珠」という巫女三姉妹が出てくるのだが,名前には元ネタがある。民俗学にちょっとでも関心がある方なら「稗田」の姓にはピンとくるだろうが,ここでは下の名前の方が重要である。

 

それは三次銘菓『泡雪』の「小倉」「柚子」「玉子」であり,写真のお菓子である。宇河先生があとがきで「激甘!」と書いているように,本当に激甘だった。お茶が欲しくなるお菓子なのでお茶請けにはぴったりかもしれない。

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先日テレビを見ていたら,この作品の舞台となる三次(みよし)市もののけミュージアムがオープンしたという。地域活性化の一環とのことだが,またぜひ訪れてみたい。

www.jiji.com

 

 あ,『朝霧の巫女』本当におすすめの作品なので,マジで読んで。こんなブログ記事なんかよりも絶対に『朝霧の巫女』を読んでくれよな!!!

 

終わり。

いつかセイロン島で青龍刀を

回の記事,別にセイロン島(スリランカのことである)に行った旅行記でも青龍刀を手にした体験記でもなんでもない。そう,「正論」について書いてみようと思ったのである。「正論」といっても,あの誰が読んでるのかわからない右寄り月刊誌のことではない。

正論2019年5月号

正論2019年5月号

 

 

まず,ここで改めて正論とは何か?ということを考えてみる。大辞林第三版によれば,辞書的な定義は以下の通りである。

せいろん【正論】

道理にかなった正しい議論・主張。

 

そのうえでこうも言える。正論が「正しかった」ことなどないのだと。正論とは理想論の別名なのだと。他者に押し付けられた正論は呪いでしか無いのだと。

 

正論というのは切れ味の鋭い刀である。中国の武器で「青龍刀(せいりゅうとう)」というものがあるが,わたしはそれになぞらえて正論を振りかざす人の鋭い刃を「正論刀(せいろんとう)」と呼んでいる。「龍」は「ロン」とも読めるのでちょうど収まりがいい(何が?)。そして言いたい。

人を正論刀で斬り付けて気持ちよくなるのをいますぐにやめろ,と。

kotobank.jp

 

例えば政治の世界でいえば,野党が言っていることはしばしば正論である。確かに沖縄から見れば米軍基地が撤退したほうが良いのだろう。確かに北方領土は4島返還されたほうが良いのだろう。確かに社会格差は是正されたほうが良いのだろう。確かに困ってる人に対して補助金が出たほうが良いのだろう。それは知ってる。たぶんみんな知ってる。

 

問題はいつだってその後だ。正論とは「じゃあ,具体的にどうやるの?/根拠はどこにあるの?」を欠いた話である。上述の例で言えば,「米国やロシアとの交渉ではどうやって譲歩を引き出すの?どの制度のどの部分をどのように変えれば格差は是正されるの?補助金の財源はどうやって捻出するの?」という「具体性/根拠」の部分なしに語られる話というのは,正論であり,暴力であり,理想論であり,空論であり,虚構であり,叶わぬ夢である。切れ味の良い正論刀を振りかざすのは,漫画で狂キャラがよく言う「こいつの切れ味を試させてくれよォ……(ここで刀を舐める)」と同レベルだ。

 

正論は相手の反論を許さない。「正しい」からだ。正論の背景には「世論」や「市民感情」というこれまた魑魅魍魎じみた邪悪なオーラが渦巻いている。それが反論を許させないのだ。正論刀という妖刀ムラマサのような正義の刀で相手を斬り付けるのは,さぞかし気持ちいいことだろう。

 

恐らく正論についての議論は,しばしば「対案病」として話題になる「反対するなら対案を出せ」まであと1mmくらいの近接した議論で,要するに「(正論を)唱えるのなら(それを実行するだけの)根拠を出せ」ということなのである。

togetter.com

togetter.com

 

しかし正論が理想論に過ぎないとしても,正論そのものを否定すべきだとは思わない。何かをなすためには理想は必要だからだ。そして理想は高邁なものであればあるほどよい。決して手が届かないけれども,それを目指すべきもの。それが理想なのだと思う。ただし,理想とは決して手が届かないものであり自分の胸に秘めておくものだと認識することが肝要だと考える。

「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、
実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし」

 

これは吉田松陰の言葉だという。見事なまでの三段論法ならぬ五段論法である。確かに何かを実行するために「こうありたい/こうあってほしい」という理想を抱くことはとても大事であるが,それは他者に押し付けられた瞬間に「呪い/スティグマに変換される。他者を正論刀で斬りつけ理想を押し付ける人は「理想を抱いて溺死しろ!」とアーチャーから叱られることになるだろう。そして問題は,正論刀を振りかざす人はそれが持つ正論力(せいろんりょく)を認識していないことが多いということだ。刀は力,なのだ。

dic.pixiv.net

 

***************************************

 

て,今までも何度か記事にしたことがあるが,私の前の会社の上司の話をしたい。彼はいつだってよく鍛錬された正論刀で斬りつけてきた。彼の入社以来20年以上の「経験」と休日出勤・長時間労働を厭わぬタフさの前に私は為す術なく蹂躙され,ストレスから自律神経が破壊され結局退職の憂き目を見ることとなった。それでも時折,彼が言う「これはこうするべきでしょ。なんで出来ないの?」という妖刀・正論刀の夢を見ることがある。

 

そしてそんな彼に対して,当時は私のことを思って言ってくれているんだとか休日にも出社して部下の仕事をチェックしてくれているんだとか考えていた。もちろんそういう面もないわけではなかっただろう。彼は不器用な人間で,私もまた不器用な人間だった。恐らくお互い,言いたいことを素直に伝えることもできなかった。こちらも至らぬ点が多々あったはずだ。しかしどんな事情があろうと今となっては断言できる,彼はただのモラハラ上司だったと。

 

一般的に,追い詰められた人の行動には2パターンあって,①相手に責任転嫁する②自分に責任を重転嫁(造語)するというものだと思う。私は①を良しとしなかった。あり方としてややパラノイアックであるが,他者に責任を押し付けるということが出来なかった。また言い訳することも良しとしなかったので,黙って責任を引き受け続けた。結果,ダメになってしまった。正論刀でズタズタに斬りつけられてしまった。

 

さてなぜこの話をするかと言えば,実は今日(4/20)は,私が前の会社を退職してからちょうど1年なのである。一周年記念日。

 

以上,【ご報告】だった。いま,私の周りでは正論刀を振りかざす人はいない。誰も呪いを振りまかない。そのおかげで毎日がとても有意義に過ごせている。そんなご報告とともに,正論刀の罪深さについて書いてみた。

 

正論刀の切れ味の良さに甘えるべきではない。それは貴方の力ではなく,借り物の論理の力に過ぎない。そしてそれは,すなわち自らを絶対的正義と思い込むことでもあり,「虎の威を借る狐」となってしまう。ここで言う「虎」は「正論」であり,「狐」は「貴方」だ。視野狭窄に陥ることなく,根拠に基づいて何かを主張する自身の力を涵養すべく,日々邁進していきたいと改めて思う。

 

終わり。

 

 

 

 

 

三百代言の跳梁跋扈

ょっと油断していたら前回の記事から3週間経ってしまっていたのでなにか書かねばとふと思い立った。

 

このブログ,特にテーマがあるわけでも筆力があるわけでもないので完全に気まぐれブログとなっている。書き方としては,思ったこと・感じたことをすぐTwitterに書くので,後々それを見返してブログにまとめるというフローとストックの感じである。またTwitterに書くだけで投稿しないものも多いので,下書きには常に数十個のツイートが溜まっている。思考の残滓であり,残り香である。

 

さて,昼頃にテレビを見ていたら力士のことを「お相撲さん」と呼んでいて,面白いなと思った。 確かに私も力士を「お相撲さん」と呼ぶことがあるが,あたり前のことながら「相撲」というのは競技名であって,他の競技では選手のことを「おサッカーさん」「お野球さん」と呼ぶことはない。「お」を付けていることからもやや敬意と親しみを込めた呼び方なのだろう。また,相撲には「力士」「関取」「お相撲さん」と呼び名が多くて面白い。やはり歴史が長い競技ならではというところであろうか。

 

職業とその呼び名については,特に差別用語に直結する場合もあるため出版社やマスコミの人は他の業界よりも考える機会は多いのではないだろうか。そしてそれにあたっては共同通信社が出している『記者ハンドブック』をしばしば参照する。

記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集

記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集

 

このなかに「差別語、不快用語」という項目があり,「~屋」という言葉は「差別語、不快用語」とされている。そのため「床屋」「ブン屋」「土建屋」「政治屋」などは推奨されていない(「魚屋」「八百屋」などについては後述)。なお「ブン屋」は新聞屋つまり新聞記者,「土建屋」は「土方」ともいう(そっちのほうが駄目っぽい)土木関係の事業者,「政治屋」は権力闘争に執着する政治家を貶めて言うときに用いられた言葉であり,そもそも「床屋」以外はかなり時代がかった言い回しである。「床屋」は「理髪店」などと呼ぶのが推奨されている。

 

ところでこの話題はインターネットで調べても定期的に盛り上がっていて,「『魚屋』も『八百屋』も『花屋』も『パン屋』も駄目だとは嘆かわしい!言葉狩りだ!俺たちはそんな誰が決めたのかわからん基準には従わないぞ!」みたいな文脈で紹介されることがほとんどである。しかし前述の『記者ハンドブック』を読むとこうも書いてある。

愛称的な八百屋さん、魚屋さんは構わない。

 

要は文脈の問題で,「あいつは八百屋だからヨ」とか「魚屋の分際でエラソーな口聞くんじゃねーヨ」みたいな場合にはやはり「差別語、不快用語」に該当するということであろう。一方「愛称的な」というのはまた主観的な要素もあり線引が難しいが,「行きつけの八百屋さん」「商店街の魚屋さん」などは許容なのであろうと思われる。確かにそちらのほうが親しみやすいし,現実として市民感覚として普通にそう呼んでいる。

 

ちなみに「魚屋」は「鮮魚店」,「八百屋」は「青果店」,「花屋」は「生花店青果店と読みが同じで紛らわしい)」と呼ぶのが推奨されているのだが,「パン屋」はなんと言い換えるのだろう。調べてみたが「パン店」や「ベーカリー」だそうだ。かえってよくわからなくなってしまっている。

 

私の仕事で考えると,出版社のことを「出版屋」とは言わない(版元と言ったりはする)し編集者を指すそういう言葉もないと思う。周辺業界で言えば印刷会社のことを「印刷屋」と呼ぶのは聞いたことがある。そして「いらすとや」はどうなんだろう……。

www.irasutoya.com

 

職業で言えばかつてタクシーの運転手のことを「雲助(”うんすけ”ではなく”くもすけ”なのだそうだ)」,街娼のことを「立ちんぼ/パンスケ/パンパン/四足」,弁護士を「三百代言」,警察官を「ポリ公/マッポ/サツ」なんて呼んだのも同じだろうか。昔は弁護士資格のないのに弁護活動を行っていた者が多く「三百代言の跳梁跋扈」なんて言われたりしたものらしく,なにやら東方の曲名っぽい。

dic.nicovideo.jp

ところで弁護士といえば,「弁士」という言葉は弁護士を指すのかと思っていたがぜんぜん違うらしく,無声映画を解説する「活動弁士」のことを指すのだそうだ。以前に一回だけ活動弁士の方の解説を聞いたことがあるが,大迫力で面白かった。

www.waseda.jp

 

職業の呼び名について話を戻すと,そもそも職業というよりも「社会人」という言葉もかなり謎である。就活では「学生と社会人の違いは?」みたいな偏差値2の質問がよく出てくる(エラソーに踏ん反り返っている面接官に聞いたらなんと答えるのだろうか?)が,そもそも「社会人」という言葉がなんなのかわからない。私はこの言葉が嫌いなので「勤め人」や「ビジネスパーソン」という言葉を使うようにしている。そもそも学生だって社会の一員であるという点で「社会人」だ。ちなみに『大辞林第三版』によると以下の定義がなされている。③の定義に基づき,学生も「社会人」に含まれて然るべきだと思う。

しゃかいじん【社会人】

① 学校や家庭などの保護から自立して、実社会で生活する人。 「卒業して-となる」
② (スポーツなどで)プロや学生ではなく、企業に籍を置いていること。
③ 社会を構成している一人の人間。

 

 さて,ついさっき知ったのだが,昨日のオールスター感謝祭小林礼奈さんという方が放送禁止用語を言ってしまったと話題になっていた。タイムリー。

 

それこそ「八百屋さん」とか言ってしまったのかな?と思って調べたら,予想以上にただの下ネタだったのでさもありなん……となった。記事のオチがこんなものでいいのだろうか……と思うが,まあ仕方あるまい。

 

終わり。

 

ラジオをゼロにあわせて。

々週の話ではあるが,3/2(土)に『オードリーのオールナイトニッポン 10周年全国ツアー in 日本武道館のライブビューイングに行ってきた。

www.allnightnippon.com

 

ライブビューイング自体に初めて行ったので,現地で観ることができない人も映画館で観られるというシステムにいたく感動した。オードリーのトークで映画館も爆笑の渦に包まれていて周りの観客と一体感を味わえる,とても素晴らしい体験だった。通常の「オードリーのオールナイトニッポン」のようにラジオパーソナリティーとしてオードリーのふたりが座り,トークを繰り広げるスタイル。この番組はだいたい「もし~だったらどうする」とか「有名人の◯◯さんからこんなお便りが届いています(届いてない)」みたいな無い話やくだらない話を延々としている放課後の教室のような感じなので,本当に聴いていて心地良い。

 

さて,今回の記事の目的は,このライブビューイングの内容について事細やかに書くことではない。むしろ,自分とラジオとの関わりについて思い出すところがあったのでそれについて書いてみたい。

 

前もなにかの記事に書いたことがあったが,私は家でradikoというサービスを使ってラジオを聴いている。これはアンテナや電波の入りを気にする必要がないので,大変重宝している。一週間以内に放送されたものならタイムフリー機能で後から聴くことができるので,家でごはんを作りながら,またお風呂に入りながら聴くことが多い。周りには声優ラジオを聴いているひとも多いが,私はあまり声優に詳しくないので聴いたことはない。

radiko.jp

 

 

そもそも,ラジオをよく聴くようになったのはいまの家に一人暮らしをするようになってからだ。実家にいた頃,ダウンタウンで黒人が肩に担いでいるようなバカでかいラジカセを持っていたが,全然ラジオを聴くことができなかった。それというのも,私の家が圏外だったからだ。しかし決して人里離れた山奥に住んでいたわけではない。東京都23区に住んでいた。色んな人に「家が圏外なんで携帯じゃなくて家の番号に電話してください」と言っては「どこ住んでんの!?」と驚かれていたものだ。

 

どうやらマンションのコンクリートが分厚くて電波が入らないらしい。かつてDocomoの人に電波状況を改善してもらうため家まで来てもらってドコモレピータなる装置を設置してもらったことがあった。しかし結局はまったく改善せず,Docomoの人からも「無理ですね……」とさじを投げられた。これ別の意味で大島てるに載せていい物件ではないだろうか?

www.nttdocomo.co.jp

 

そう,電波が入らないので家で携帯も使えない。電話が来ても出られないし,メールが来ても受信できない。窓際まで行って腕を伸ばせばかろうじて電波が1本くらい入るので,そうやって何度もメールの受信確認をしていた。私は大学1年生くらいまでガラケーユーザーだったが,スマートフォンと違いWi-Fiが使えないので何もできず,本当に大変だった。その点,スマートフォンWi-Fiが使えて連絡の中心がLINEになってからはだいぶQOLが上昇した。しかし就活時期は企業からの電話が取れないかもしれないと気が気じゃなかったので,スマートフォンを窓際に置いて電話に気付けるようにしていた。2014年にそんなことをしていたのは,今考えると文明とは遠くかけ離れた態度である。

 

電波が入らない愚痴が長くなってしまったが,ラジオの話に戻る。そんなこんなで家のラジカセはろくに電波を受信しなかったが,窓際に置いてアンテナを最大限伸ばすとなんとか微弱な電波を受信した。そのなかで唯一記憶に残っているのは中高生の頃になぜか聴いていた,NHKでやっていたふたつのスピカである。ていうかこれはアニメなのでラジオでは様子がまったくわからないのだけど,頭の中で情景を想像しながら聴いていた。繰り返すが時代はゼロ年代だし場所は東京都23区である。決して戦前ではないし山奥ではない。

www6.nhk.or.jp

 

ところでこの記事を書いていて思い出したが,最近めっきり実家に帰らなくなった。去年は実家に置き忘れたものを取りに帰ったりもしていたが,今年に入ってそれもなくなり足が遠のいている。親孝行というわけでもないが,たまには顔を見せなくてはいけないなと反省し,記事を締める。

 

記事のタイトルは私が好きな同人音楽ユニット少女病のアルバム『偽典セクサリス』中の一曲『fly』の歌詞より。

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少女病」はかれこれ10年近く追っているが,ここ数年はとんと音沙汰がなく,どうやら公式ホームページも見ることができなくなってしまった。ヴォーカルの中恵光城さんがブログで近況報告をされていたものの,再開するかどうかも不明である。つい先日,Kalafinaが解散を表明したばかりだが,少女病もこのまま密かに活動終了してしまうのではないかとずっと危惧している。

ameblo.jp

終わり。

 

IKEAのサメを手に入れた話

っと欲しかっためちゃくちゃでかいIKEAのサメをようやく手に入れた。昨日時点では80ほど在庫があったもののすでに在庫切れになっている。相変わらずすごい人気だ。ちなみにわたしはふだんぬいぐるみを買うことはないので普通どのくらい売れるのかといったことはわからないが,さすがに1日80個も売れることはなかなかないだろう。

www.ikea.com

実は先月にもこのサメを買いに行ったのだが,その時は品切れ(午前中に売り切れてしまったという)だったので今回はそのリベンジである。

 

ただ難点が一つ。IKEAというものが近所になく,最も近いのが立川である。さすがにわたしもサメを買うだけのために家の最寄り駅から40分ほどかかる立川まで1000円以上の交通費をかけて行くほど酔狂ではないので,立川に行くときはシネマシティで映画を観るようにしている。そしてわたしはここの会員なので,映画を1,300円で観られる。通常は1,800円なので,つまり映画を2本観れば交通費分がだいたいペイできるという算段なのだ。根がケチなのでついついこういう計算をしてしまう。

cinemacity.co.jp

この映画館は爆音上映や極音上映をやっていることで有名であり,今回は「ボヘミアン・ラプソディ(3回目)」と「スパイダーバース」を観てきた。「ボヘミアン・ラプソディ」は1回目は近所のTOHOシネマズで観たのだが,音響の差は歴然としている。勿論TOHOシネマズが悪いというわけではないのだが,音響が重要な映画は絶対にシネマシティで観たほうがいい。逆に静かな映画はどっちでもいいと思う。あ,でも「リズと青い鳥」の極音上映はすごく良かったな……。

 

サメの話に戻るが,正直予想以上にでかくて,いま部屋でUSJジョーズみたいになっている。ぶらーん。

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昨日は天気も良かったのでIKEAに行ったあと昭和記念公園でサメを泳がせていた。たぶんシャバに出してあげられるのはこれが最初で最後なので(でかいので持ち運べない),存分に日の光を浴びせてやった。わたしはといえばすぐ横で芝生に寝っ転がっていた。そしてこのサメをバッグに入れた状態で映画館に行った(でかすぎてしっぽがはみ出る)ので,水揚げしてきたのかな?といった奇妙な感じになってしまっていた。

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さて,IKEAについて。IKEAのような巨大な家具量販店に行ったことが殆どなかったので,初めて行ったときは衝撃的だった。広すぎて目的の場所にたどり着けない,歩いてるだけで疲れる,ショッピングカートがでかすぎる,包装がない……。おそらく車で家族連れで来店することがほぼ前提になっているのであろう。広すぎる。IKEA,物理的に奥が深い。

 

今回はサメ以外にもでけぇ木の板を買った。正式名称は知らないがわたしは「チーズとか乗せる小洒落たでけぇ木の板」と呼んで親しんでいる。小洒落た店でチーズの盛り合わせを頼むと絶対に出てくるからだ。

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ただよくよく調べるとこれは「カッティングボード」というらしく,ようは小洒落た料理を置くこともできる小洒落たまな板である。

 

サメを手に入れた喜びを表したいがために書いた記事なので本当にオチがない。これも10分くらいでぱぱっと書いてしまった。

 

終わり。

有識者ほど「有識読み」をする

日,メガネを新調した。いままではスクエア型を使っていたが,やたら店内に陳列されている丸メガネが気になって気になって仕方がなかった。丸メガネ=サブカルという印象が強く,拒否反応もあったが,店員さんに聞くと今流行ってますよ!とのこと。せっかくなので丸メガネに乗り換えてみた。「どうせサブカル人間だしいいや」という開き直りもある。ところで「せっかくなので」という言い方,何が「せっかく」なのか全くわからないけどとにかく自分のペースに乗せようとしている感じが見え見えで良いよね。

 

さて本題に入る。つい先日,友人と飲んでいたときに「なんでも音読みで読みたがるひとっているよね」という話が出た。確かにいる,それ。

 

割と年齢高めのひとに多いが,吉本隆明(よしもと たかあき)」「よしもと りゅうめい」と読んだり大月隆寛(おおつき たかひろ )」「おおつき りゅうかん」と読んだりするひとがいる。何やらちょっと通っぽくてかっこいいけど開高健(かいこう たけし)」「かいこう けん」と読んでいるひとなんかを見ると単純に読み方を知らないだけでは?と思ってしまったりもする。麻雀用語になぞらえて「両面テープ」「リャンメンテープ」「対面」「トイメン」と読んだりするのも同じような感じだろうか。さらに言えば「すごい」を「ゴイスー」,「十二時を超える」を「テッペン」,「銀座で寿司」を「ザギンでシースー」,「仕事終わらない」を「ケツカッチン」と呼ぶみたいなものだろうか。まあ最後の方のは実際に言ってるのほぼ聞いたことないけど。

 

調べてみると,どうやらそれは「有識読み」というらしい。有識者がやたらと言いたがるから「有識読み」なのかと思いきや「有職故実」的な方面の意味らしく,「ゆうそくよみ」と読むのだそうだ。まあでも有識者ほどこれ言いたがるしダブルミーニングだと思うけど。

 

Wikipediaの記事が面白かったのでここにリンクを貼っておく。

ja.wikipedia.org

Wikipediaなので正確性は担保されていないけれども,以下の内容を引用する。

江戸時代以前には、その人物の本名をとし、他人が諱で呼ぶことを避ける習慣があった。代わりに輩行名百官名などの仮名で呼ぶ場合が多かったが、諱を音読みする場合もあった。

 

私の拙い認識では,古来は諱(本名)は忌み名とも呼ばれ,その名を呼ぶことは避けたという。Fateシリーズの「英霊の真名」みたいなものと考えて差し支えないと思う。なるほど,有識読みはオッサンが通ぶって言ってるだけかと思いきや,もとを正せば諱を音読みで呼んだことに由来するようである。まあ現代では通ぶって言ってるだけな感じはするけれども。

 

記事の中では有識読みの一覧が載っているが,政治家だと大野伴睦(おおの ともちか)」下村博文(しもむら ひろふみ)」なんかはそれぞれ「おおの ばんぼく」「しもむら はくぶん」というようにむしろ音読みの方しか知らなかったし山崎拓(やまさき ひらく)」に至っては「やまたく」という愛称しか知らなかった。うーん面白い。

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ペンネームや芸名で有識読みとして自分で名乗っている場合もたくさん掲載されているので,気になった方はリンクをご参照されたい。かなり興味深く読める。

 

会社でも自分の下の名前を有識読みして呼ばれているひとが何人かいるが,彼らも真名を知られないようにしているのかもしれない。もしやサーヴァントだったのか……。

 

終わり。

 

 

やっと確定申告をしてきた話

イトルまんまだが,今日はなんとか確定申告を完了してきた。

 

とはいうものの,すでに3日連続で税務署に足を運んでいる。何度やっても必要書類に不備が見つかり,後日出直す羽目になっていたのだ。ひとえに自身の不徳のいたすところであり,社会性のなさに恥じ入るばかりである。ところで「不徳のいたすところである」って言葉,全然反省してないけどとりあえず言っとけ感あってすごく好き。

 

そもそも会社員であり既に年末調整済であるところの私がなぜ確定申告をするかといえば,無職だった4~5月に徴収された国民年金保険料*1の所得控除のためである。還付金は3,000円ちょい。そんな金額だったら正直行かなくてもいっかみたいなとこもあった。面倒くさいし。

 

まあ家からも税務署まで近かったし行ったことなかったので,せっかくだしみたいな軽い気持ちで行ってみた。それが今週火曜日のことである。いざ着いたらなんでか知らないがやたらと混んでいた。オイオイなんで平日なのにこんな混んでるんだ?みなさん労働はどうした?と思っていたが,よく考えたら確定申告しに来る人の多くは会社員ではなく個人事業主だったりするので当たり前なのであった。

 

で,1時間くらい経ち,私は失意のもと税務署をあとにした。書類不備で受け付けてくれなかったのである。そしてそれが私の闘志に火をつけた。かくなるうえは絶対に申告を確定させてやる,と。そこから水曜日,木曜日と連日税務署を訪れることになる。三国志でいうところの三顧の礼である。迎え入れるのは諸葛亮孔明ではなく,たかだか3,000円の還付金だが……。

 

まあとりあえず敗因を振り返ってみる。

 

◯1回目・・・敗因:シャチハタの使用

職員さん「あっこれシャチハタですよね,使用できないんですよ」

私「(マジか)いやーでも確かシャチハタじゃなかったような,ていうか普通のハンコだったような気がするんですけど(早口)」

職員さん「いやこれシャチハタですね」

私「はい」

 

シャチハタってこういう時使用できないんだ…という自身の社会性のなさが表れてしまった場面。確定申告の時期だからか知らないけど,Twitter上でもいろいろなシャチハタについての情報が飛び交っていた。便利なのにシャチハタ。

togetter.com

togetter.com

 

◯2回目・・・敗因:源泉徴収票のプリントアウトを使用

職員さん「あっこれ源泉徴収票は原本じゃないと受け付けられません」

私「(まずい,この展開は…!)いやーでも確かプリントアウトじゃなかったような,ていうか会社に原本を出してもらった気がするんですけど(早口)」

職員さん「いやこれプリントアウトですね」

私「はい」

 

源泉徴収票,会社のシステム上でPDF閲覧するスタイルなので普通にプリントアウトして持っていったら受け付けてもらえず。でも人事部に言ったら原本を出してくれた。社印が押されているわけでもないし,何が違うねん。ていうかなぜバレた。

ぜんっぜん関係ないけど源泉徴収票」って「源泉かけ流し」みたいでなんか良い。

 

まあそんなこんなでなんとか無事,申告を確定させることが出来た。税務署を出ていくときに毎回毎回職員さんが「お疲れ様でした!」と非常に丁寧に挨拶してくれるので,「何かとクレームをつける面倒くさい”御客様”がいるんだろうなあ……そうならないようにしなくちゃなあ」などと思ったりした。

 

ヤマもオチも意味もないが,こんなところで終わる。ところで最近聞かない気がするんだけど今は「やおい」って言わないのか?

 

終わり。

*1:私は前職を辞める際に上司との折り合いが悪く有給休暇を消化せずに退職することになったため厚生年金保険に未加入の時期がある。無職なのに毎月16,340円の保険料は痛いので督促状が来るまで無視していたが,ボーナスが出たので昨年12月に渋々払った。

いつも心に喫茶店を

回のタイトル,「いつも心に喫茶店を」。ちなみにここで言う「喫茶店」には,「静かな渋いマスターがいて洒落たジャズなんか掛かっている美味い珈琲を飲ませる店,決してクソ小洒落たPCのカタカタ音が響くカフェなどではない店」とルビをふっている。

 

のっけから少しだけ本題から逸れるのだが,わたしはこういうルビ芸とでもいう言葉遊びが好きだ。古くから知られているところでは『疾風伝説 特攻の拓なんかがある。そもそもこれ「しっぷうでんせつ とっこうのたく」と読みたくなるところだが,「かぜでんせつ ぶっこみのたく」であるところからしてすでに伝説である。かの有名な名台詞「”不運”と”踊”っちまったんだよ・・・・」を始めて読んだ時は衝撃的だった。

 

他にルビ芸でパッと思い浮かぶのは空の境界で,恐らくファン100人に聞いたら80人くらいが一番好き!と答えるのではないかと思っている黒桐幹也の以下の台詞。

「式。君をーー一生、許(はな)さない」

これを初めてみた時は鳥肌が立った。勿論映画も素晴らしかったが,本文と全く異なるルビをふることでアンビバレントな情感をもたらすというのは文字でしか情報を伝達できない活字ならではの表現技法だ。俳句や短歌が限られた文字数ゆえに無限の世界が広がるのと同様,映像も音も無い活字だからこそ世界が広がるのだ。

空の境界(上) (講談社文庫)

空の境界(上) (講談社文庫)

 

 

あともう一個だけ,個人的にルビ芸の概念を覆してくれた作品を紹介する。以前もこのブログで取り上げたことのある円城塔『文字渦』。このなかの『誤字』という一編は細かい紹介は省くので,ぜひとも読んでルビ半端ない!と仰天してほしい。こういうのは説明するだけ野暮というものだ。

文字渦

文字渦

 

 

てついつい楽しくなってしまい余計な話が長くなってしまったが,ようやく本題に戻る。 

 

先日,喫茶店での出来事である。私が本を読みながら珈琲を飲んでいると,隣りにいた老夫婦がタバコを燻らせながらお互いの馴れ初めエピソードをし始めたのだった。タバコとの。その話が印象的だったので以下に書いてみる。

「おまえいつから吸ってんだっけ」

「あたしは高校からだよ」

「なんだおせえじゃねえか,俺は中学だったぞ。オヤジのくすねてな。缶ピー(缶入りのピース)なんてかっこつけて吸ってたけど学校に持ってくの大変でさ」

「おそいったって法律じゃ駄目なんだから仕方ないじゃない」

「おまえそれ言ったら高校生だって駄目だろ」

「あそっか(一同笑い)」

 

なんていうか,いい話を聞かせてもらったなと思った。 当人が理解しているように勿論法律的に言ったらアレなのは間違いないが,それはそれ,これはこれである。とやかく言うまい。

 

そしてその流れで,ふたりは茶店を開きたかったという話をし始めた。

「あたし喫茶店開きたかったなー」

「やるんなら珈琲しか出さない店だな」

「そうそう。1階がお店で2階にあたしたちが住んでてさ」

「洒落たジャズなんか流しちゃってさ」

 

ああ,人はどんなに歳を取っても,いつでも喫茶店を開きたいのだなと思った。大げさかもしれないが,人の心の中には喫茶店があるのだ。そして現実に疲れた時にはいつでもその喫茶店を開店したくなるのだ。かくいう私も大学生の頃ぼんやりと「喫茶店開きたいなー」と思っていた。そして周りにも「喫茶店開きたいなー」と言う人間は何人もいた。「こだわりの一杯出してー」「マホガニーを削り出した温かみのある机設えてー」「澁澤龍彦の本並べてー」「チャーリー・パーカーのレコード掛けてー」「パウル・クレーの絵立て掛けてー」「ジリリリって鳴る黒電話置きてー」といった具合にその人の”好き”を喫茶店に投影し,すべてを兼ね備えた「理想の喫茶店を開店したくなるのだ。言ってしまえば渋いディテールにこだわりまくった現実版・どうぶつの森である。小さい子が「お花屋さんになりたい」って言うのと少し似ているのかもしれない。「お花屋さん」が「喫茶店」に置き換わったというのは,歳を取って感性が渋くなったということだろうか。

 

そして私の周りで「喫茶店開きたいなー」と言っていた人は,私含め誰も喫茶店でバイトはしなかった。当たり前だ。私たちはあくまで「心の中の喫茶店を開店したいだけなのだから。そしてだいたいその喫茶店は「客は一日数人しか来ない感じでー」とか「自分はカウンター奥に座ってニコニコしている感じでー」とか「開店は10時半頃でー」とか自分が楽になるような留保が付いている。要は朝早く起きたくないし楽して働きたいというわけだ。それでいいのだ,だってこれは「心の中の喫茶店」,無い喫茶店なのだ。なんで心の中でまで働かにゃならんのだ。

 

この老夫婦も本気で喫茶店を開店しようなんて思っていないだろう。しかしきっと,心の中ではすでに理想の喫茶店が開店しており,洒落たジャズをBGMに紫煙を燻らせながら珈琲を淹れているのだろう。改めていい話を聞かせてもらったなと思いながら,私はテーブル上の伝票を掴み店をあとにしたのだった。

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終わり。