冷たい水の中をきみと歩いていく

平坦な戦場で生き延びること

谷山浩子を聴け

きなりだが,みなさんは谷山浩子(敬称略)を聴く必要がある(食い気味)。

少し前にTwitterでは,「全オタクはこのミュージシャンを履修しろ!」的なやつをよく見かけた。ツイート製作者のとても熱い想いが,メモ帳スクショ4枚で怒涛のように伝わってくる。そこに挙げられていたミュージシャンは,ポルノグラフィティ天野月子奥華子などなど。ふむふむ。確かに私もすべて履修してきた。オタクが好む音楽性がだいたい同じなのはなかなか面白い。

 

ところで,声を大にして言いたい,全オタクは谷山浩子を聴けと。全オタクは谷山浩子を聴け!!!

 

つい先日,谷山浩子のコンサート「猫森集会2018」に参加してきた。谷山浩子は今年で62歳になる大ベテランで,昨年はデビュー45年記念のアルバムも出ている。必然的にファンの年齢層も高く,猫森集会でも40~50代の人が多かったように思う。

 

彼女の代表曲はNHKみんなのうたでも放送された「恋するニワトリ」「おはようクレヨン」「しっぽのきもち」などだろう。彼女の可愛らしい歌声がメルヘンな世界観をうまく作り上げている。このあたりの曲は谷山浩子の白い曲などと呼ばれたりしている。あとゲド戦記で印象的に使用された「テルーの唄」の作曲,変わりどころではヤマハ発動機社歌も歌っている。

 

◯恋するニワトリ

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鉄製の風見鶏に恋をしてしまったニワトリの歌。叶わぬ恋のはずが「ひとりでタマゴを産んだ」ニワトリにいろんな解釈を見出すタイプのオタクが散見される。

 

しっぽのきもち

大変可愛らしい歌。「しっぽしっぽしっぽよ~あなたのしっぽよ~」とリズムがよく,勝手に身体が踊りだしてしまうような陽気な歌だ。

 

 ヤマハ発動機社歌

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社歌が谷山浩子だったらテンション上がる。

 

て,さきほど谷山浩子の白い曲という話をした。白い曲があるということは当然,黒い曲もあるということだ。ということで,以下では谷山浩子嫉妬と情念と不条理と怨嗟と電波が渦巻いた黒い曲を紹介していく。

◯王国(『歪んだ王国』収録)

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谷山浩子の黒い曲の代表曲。

重々しいイントロからの歪んだ王国にぼくたちは住んでる」。他に誰もいない閉じたふたりだけの王国は,緩やかに終わっていく。他人を拒み,「翼ある鳥は翼をもぎ取れ 世界へと続く通路を閉ざせ全て」と言い放つふたり。永遠を目指して,外へと出ること/変化していくこと/大人になっていくことを拒むふたり。その先には一体何があるのだろうか。永遠なんてもの,あるわけないのに(ウテナじゃん)。

 

曲の終わり,「きみを永遠にぼくは愛し続ける きみだけをぼくは愛し続ける」のリフレインには狂気すら感じられる。きっとその王国は救われない。ふたりは幸せにはなれない。永遠なんてどこにもない。でもそんなことは関係ない。外野が何を言おうが関係ない。その声はふたりの耳には届かない。

 

私たちは誰も,ふたりだけの「王国」への通行許可証を持っていないのだから。

 

◯鳥籠姫(『しまうま』収録)

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しばしば女性版「王国」とも称される「鳥籠姫」。確かに「王国」はふたりを閉じ込めた王国を作った男の子の歌に,そして「鳥籠姫」は閉じ込められた女の子の歌に思える。ショックで自らを鳥籠のなかに閉じ込めてしまった,女の子の歌に。

 

「長い長い孤独の時 帰らぬ人を待ち続けて」

「海の見える丘の家に ほこりだけが静かに積もる」

「わたしはわたしをここに閉じ込めた」

 

大切な人を喪って,自らを鳥籠のなかに閉じ込めてしまった女の子。時は残酷に刻まれ続ける。でもふたりの時間は,もう止まったまま決して動くことはない。鳥籠姫は,鳥籠のなかに永遠にいる。幸せだった時間に思いを馳せつつ。

 

「わたしを作ったあなたの腕に 帰るその日をひとり待ちながら」

 

◯夜のブランコ(『夜のブランコ』収録)

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急にリアルな世界観になるのもまた谷山浩子の魅力だ。これは溢れ出る真っ黒く燃え上がる情念の歌。「やさしい人たちを裏切り嘘をついて 逃げ出して走ってきたの」「指輪は外してきて まぶしくて胸が痛い」,これはどう聴いたって不倫の歌。不倫は文化,と言っていた芸能人がいたが,後ろ暗さを抱えつつも情欲に突き進むしか無いという,ひとの情念に暗い火を着ける最良の着火剤であるのは間違いないだろう。

「愛なんて言葉忘れて 逢いに来て夜のブランコで待ってる」と危険な匂いの漂う言葉遊びも魅力的だ。もう帰れなくたっていい。あなたに壊されてもいい。こなごなにされてもいい。死んだっていい。理屈なんか要らない。これはそういう歌だ。

 

ただあなたのことが好きだから。

 

冷たい水の中をきみと歩いていく(『冷たい水の中をきみと歩いていく』収録)

このブログのタイトルにもなっている曲。あまりに美しく,儚く,滅びを歌い上げる。イントロの美しく透き通った旋律からの,透明感のある歌声。五感すべてが研ぎ澄まされるかのような感覚。

「ぼく」は何も望まない。水の中から見上げる光に,何を見出すのか。

「実らずに終わった恋」が「あんまりきれいなので ぼくの命も奪っていく」。「あんまり静かに輝くので ぼくの身体は壊れていく」。

 

美しすぎる「終わった恋」を胸にいだいたまま,「ぼく」は冷たい水の中に沈んで消えていく。

 

◯洗濯かご(『翼』収録)

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タイトルがあまりに生活感がありすぎてどんな曲かわからないと思うが,不倫の曲だ。しかもおそらくは,不倫をされる妻の歌

重々しいイントロ。呪詛のように,怨嗟のように綴られる言葉。タイトルからは想像もつかないおどろおどろしさ。洗濯かごって,つまらないものだ。そこには,つまらない日常が詰まっているとも言える。このタイトルを付けた谷山浩子は本当に天才だと思う。

 

「夜ごとベッドを抜け出して 息を殺して森の奥 あなたは誰を見つけたの?」。あなたはベッドを抜け出して,誰に会いに行っていたの?

「逃げるふたり靴を投げる 投げた靴がイバラになる」という歌詞は,まさに妻の心理的な視点だろう。不倫をしているふたりの逃避行。それは必要なはずの靴を投げるほど必死で,そしてそれはイバラとなってわたしを傷つける。なぜあなたはわたしを捨てたの?己を責め苛む。

曲の最後,「安いアパートのベランダで 洗濯かごを避けながら あなたは誰を抱きしめた」,はおそろしくて震えてしまう。もうベッドを抜け出すのではなく,相手を「わたしたちの愛の巣」である家に招いていて,わたしはそれに気付いている。どこまでもおどろおどろしく,歪んだ情念を感じずにはいられない。

 

わたしがいる(はずの)場所で,あなたは,わたし以外の誰を抱きしめたの?

 

カイの迷宮(『カイの迷宮』収録)

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雪の女王』をモチーフにしたアルバム。雪のように真っ白い情景が思い浮かぶイントロ。雪の中に閉じ込められてしまったような,カイという少年の永遠。

「ぼく」はただ見つめている。でも,一体何を?

「そしてぼくはひとりになって 忘れたことさえ忘れてしまった」

「ぼくのすみかは氷の下 誰かぼくを ぼくを見つけてくれ」

 

アルバム中に「カイの迷宮(文字のない図書館)」という短い曲がある。同じメロディだが,こちらの曲ではさらに繊細な印象を受ける。「自分のことを書いてみた 分厚い本すべてのページに 確かに書いたはずなのに ただ一枚白い紙だけが」

喪われてしまった記憶。自分が自分であることを確かめるために,「ぼく」は書く。そして書いたそばからすべては消えて行く。とても恐ろしいし気持ち悪い。

しかし。

 

「忘れたことさえ忘れてしま」えば,もう何も恐れることはない。

 

◯不眠の力(『ボクハ・キミガ・スキ』収録)

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ひとを好きになってしまい,夜眠れなくなってしまい,世界を滅ぼしてしまう女の子の歌。眠れないって恐ろしいね(棒読み)。

彼に対する思いが強すぎる女の子。その思いゆえに,世界を砂漠に変えて,海を枯らして,生き物を殺し尽くしてしまった女の子。彼との「一度だけの口づけの夢を叶える」ために,すべてを滅ぼしてしまった女の子。

そして破滅の願いは叶い,彼女は彼に口づけをすることができた。でも,もう思いは決して届かない。なぜなら,彼も彼女も死んでしまっているから。ただ,彼の「瞳の黒いガラスは静かにひび割れる」だけ。すべてが滅び,廃墟になった世界は,どんな思いをも届けてはくれない。

 

たとえ宇宙を滅ぼす力を手にしても,あなたには決して届かない。

 

◯ガラスの巨人(『水玉時間』収録)

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ガラスの巨人ってなんだろう。

巨人というのは脅威だ。進撃のアレではないが,その大きさは存在するだけで人類への脅威となる。一方で,その巨人はガラスで出来ている。繊細で脆く,割れてしまいやすいガラスで。それは自己矛盾とも言える存在で,存在そのものが破綻しているのだ。

 

曲の最後,

「悲しみが攻めてくるよ もっと大きくならなくちゃ」

悲しみが攻めてくるよ もっとひろがれぼくのからだ」のリフレインはグッとくる。

 なぜなら,「ガラスの巨人」は大きくなるほどにどんどん割れやすくなっていくのだから。でも大きくならなくちゃ,ひろがらなければその悲しみを防ぐことができない。とてつもなく大きく,でもとてつもなく脆いガラスの巨人。

 

はじめから矛盾した存在。ガラスの巨人。

 

◯まもるくん(『フィンランドはどこですか?』収録)

谷山浩子最強の電波曲。

ラムネの瓶にビー玉を落としたようなイントロ(通称:まもる音)で知られる。

まもるくんとは一体だれなのか。そもそもひとなのか。完全に投げっぱなしである。

「新宿の地下道の壁から出て」きたり,「警官の制服の肩から出て」きたり,「建売住宅の屋根から出て」くるまもるくん。「道行く人は誰も彼も見ないふり」をするまもるくん。……ナニモノ?

あえてコメントするのも野暮な感じがするが,まもるくんとは「監視カメラ(=監視社会の比喩)である」とか「社会を息苦しくするマナーである」みたいな解釈をよく見かける。

 

完全に謎である。

 

 

てさて,記事を書くのに思った以上に時間がかかってしまった。

結論は最初に言ったとおり。

 

全オタクは谷山浩子を聴け!

 

終わり。