これからの漫画の話をしよう
タイトルのまんまだが漫画の話をしていく。
ジムから帰ってきて風呂入って最高のビールを飲みながらこれを書いている。私はビールは基本的にエビスしか飲みたくないタイプ(しゃらくせぇタイプ)。それはさておき今日はいきなり本題に入る。自分で言うのも何だがしゃらくせぇタイトルをつけてしまったものだ。言うまでもないがマイケル・サンデルのアレからタイトルつけてる。あれ汎用性高いから。ちなみにこれは書評というか読んだ本の感想なので,特にこれからの漫画の話はしない。タイトル詐欺だがあしからずご了承いただきたい。
最初は好きな漫画でのランキングを考えていたが,正直ランク付けとかできなくって苦しんだので,思い切って好きな漫画3選を紹介することにした。3選って少なくね?とか言わない。最初は5選で書いていたんだけどマジで終わらなくなってきたので急遽減らしたのだ。長すぎたのでだいぶ削った。それでもちょっと長いけど暇な時にでも読んでくれ。
題して
「好きな漫画3選!!」(クソタイトル)
①蟹に誘われて(panpanya)
panpanya先生はすごい。正直いま単行本として書店に出ている『足摺水族館』『蟹に誘われて』『枕魚』『動物たち』『二匹目の金魚』どれも大好きなので正直選べない。誰だ好きな漫画3選なんて言ったのは。好きな漫画家3選とかにすりゃあよかったのに(正直好きな漫画家3選は一人ひとりについてすごい量になってしまい書ききれる気がしないのでやめた)。
この漫画のなにがすごいかって,やっぱり「世界観」だ。ちょっとぼんやりとしたタッチで描かれた主人公の女の子と緻密に描き込まれた風景。その対比でキャラクタが浮き上がって前景化しているのが面白い。あくまで風景と人物は異なるレイヤーに存在していて,どこか現実感のない夢のような曖昧な世界であるということを示唆しているようだ。
表題作『蟹に誘われて』は住宅街にいきなり蟹がいて,なぜだか足の早い蟹を追いかけていくうちに知らない道に出てしまう……という話。そして相変わらず蟹は凄まじくリアルに描かれているのだが,最後主人公が蟹に追いついて捕まえる時だけ主人公と同じテイストになるのもまた面白い。そしてオチもまた秀逸である。
初めて読んだ時,安部公房の『鞄』(短編集『笑う月』に収録)を思い出した。こちらは重たい鞄があるために歩けない道がたくさん現れて頭の中の地図がずたずたに寸断されてしまう……という話だ。いずれの作品でも慣れ親しんだ(はずの)ものによって,一瞬にして日常が非日常に転落する面白さ・おかしさを夢のような作風で描いている。『蟹に誘われて』の蟹も『鞄』の鞄も,『不思議の国のアリス』の白うさぎのような水先案内人の役割を担っている。
あと初めてpanpanya先生の作品を読んだ時に「初期の模造クリスタルっぽいな……」と思ったのだが,それは独特の台詞回しも影響しているだろう。
『蟹に誘われて』で蟹を追いかける主人公の台詞で以下のようなものがある。
「どこに通じているのやら 知ったことか!」
自分の言葉を「知ったことか!」ですべてをぶん投げる感じは模造クリスタルっぽさが溢れている。模造クリスタルは『ミッションちゃんの大冒険』『金魚王国の崩壊』などのweb漫画で知られているサークルだ。『金魚王国の崩壊』はいまだに更新がされ続けているのでいつか単行本化されてほしい。絶対に買うので。商業でも『スペクトラルウィザード』を始めとした単行本が出ている。
さて, panpanya先生はもともとリトルプレス作品を発表していたようで,装丁にもかなりこだわりが感じられる。カバー裏などちょっと感動すら覚える。これは紙で単行本を買うメリットだ。『日本のZINEについて知ってることすべて』という本でもpanpanya先生が紹介されていた。
日本のZINEについて知ってることすべて: 同人誌、ミニコミ、リトルプレス―自主制作出版史1960~2010年代
- 作者: 野中モモ,ばるぼら
- 出版社/メーカー: 誠文堂新光社
- 発売日: 2017/11/01
- メディア: 単行本
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ところで『蟹に誘われて』は漫画なのに索引がついている。おばあちゃんが意味不明なものをくれる『わからなかった思い出』という話に出てくる「ソムベーソバイ」やら「オロコッパーヘンデルモルゲン」も載っていて意味不明である。「いやいやそれ要らなくね?」というツッコミも含めて一つの作品として完成している。こういう「遊び」が随所に感じられるのも魅力だ。
夢のような摩訶不思議な世界というのは完全な異世界・非日常とは限らず,いまいる日常の紙一重で存在している……という感覚を味わえる作品だ。
ちーちゃんはちょっと足りない (少年チャンピオン・コミックスエクストラもっと!)
- 作者: 阿部共実
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2014/05/08
- メディア: コミック
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阿部共実先生の作品はとにかく心に刺さる。劇薬だ。心が弱っている時には読まないようにしている。灰色の日常/私たちは何も持ってない(から)/ここではないどこかへ行きたいけど/でもどこにも行けないということを徹底して描いている。
阿部共実先生の作品の魅力は大きくニつに分けられると思っている。一つは前述の灰色の日常の表現力,もう一つは言葉を手繰ったポエティックな表現力で,その二つが絶妙なバランスで共存している。『月曜日の友達』はとても名作だが,後者よりの作品だと思う。『空が灰色だから』は一話完結で,回によってそのバランスは大きく異なる。最終回『歩み』は前者にステータスを全振りしたような回で,歴史に名を残すレベルのトラウマものだ。
うん。わかってた。
グサッ!!!(心が死んじゃった音)
その中でも前者の「どうしようもなさ」を煮詰めたような作品が『ちーちゃんはちょっと足りない』。ポップな表紙だが,内容はズシッとくる。何か大きな出来事が起こるわけでも世界が終わるわけでもない。誰かが死ぬわけでもない。じゃあ何があるのか?それは,日常だ。どこまでも日常。
団地住まいの主人公・ナツはぼんやりと毎日を過ごしていて,やりたいこともない。「なにかがちょっと足りない」と感じているが,努力をするのも面倒くさいという内向的なイマドキの若者だ。ナツは「ちょっと(頭が)足りない」友達のちーちゃんとしっかり者の旭と三人でつるんで「なにかがちょっと足りない」日常をダラダラと過ごしていた。そんなある日ちーちゃんが事件が起こす。それは日常の延長線で起こりそうな事件だが,それをきっかけに,ナツの「なにかがちょっと足りない」日常はおかしくなっていく。
この作品ではナツのモノローグがとにかく多い。内向的なナツは行動には出ないものの色々なことを考える。前に進んでいく友人たちと進めない自分を比べて,どんどん思考の闇に沈んでいくシーンは圧巻だ。
ちょっとくらい
ちょっとくらい
恵まれたって
いいでしょ私たち
私は何もしない
ただの静かなクズだ
みんな変わっていくよ
私は変われないよ
置いていかないでよ
ずっと一緒にいようよ
ずっとずっとずっと
タイトルになっている「ちーちゃん」とナツは昔からの仲良し。ちーちゃんは身長も体重も知力も小学生のような子どもで家も貧しい。ナツとちーちゃんが一緒にいるのはなぜなのか。なんにもない日常の中で描かれていた「友情」の正体がだんだんと明らかになっていく。
周りはみんな前に進んでいく。ナツは前に進めるのか。それとも相変わらず同じところに留まっているだけなのか。その解釈は読み手に委ねられているが,ぱっと見感動的にも見えるラストのシーンは大変示唆的だ。
『ちーちゃんはちょっと足りない』は一見キャッチャーなように見えて,ひとの心の闇を容赦なく暴き出している大変な名作だ。
③レッド(山本直樹)
最近完結した『レッド』。この漫画は有名なあさま山荘事件を起こした連合赤軍を追ったドキュメンタリータッチの漫画だ。東大の安田講堂陥落以降,日本の学生運動が下火になっていったあたりからこの物語は始まる。そしてあさま山荘事件でこの物語は終わる。これほど有名な事件だし,結末はみんな分かっていてもそれでもやはりグイと惹きつけられるのは山本直樹先生の筆致と透徹した表現力の妙だろうか。
これは色んなことに対して言えるが,何かが下火になって多くの人の心が離れていってしまうと残った人は人心を集めようと躍起になってやばい行動に出がちだ。主人公たちも「いまの生ぬるいやり方じゃ人を惹きつけられない!」という思考ばかりがどんどんエスカレートしていった結果,仲間内でリンチ殺人を起こしたりあさま山荘事件を起こしたりしていった。
「上滑りする思考」が閉鎖空間で醸造されて行った結果,普通だったら考えられない狂気に満ちた行動に出てしまう。「総括」という名のリンチで容易に仲間を殺していく。国を良くしたいという純粋な思いから出発して,結果的には歴史に名を残す大きな罪を犯してしまった登場人物たちを,山本直樹先生は同情するでも感心するでも非難するでもなく,それを評価しない透徹した眼差しで描いている。
長くなるのでほどほどにするが,この「透徹した眼差し」とは「自己の徹底的な他者化」だと思っている(これに似たことがロバート・キャパの自伝『ちょっとピンぼけ』と西島大介の『ディエンビエンフー』にも書いてあったので興味ある人は読んでみて)。つまり作者の感情移入が見えないし作者の存在も感じられず,淡々と客観的出来事だけが描かれているように見えるということだ。そして,それ故にこの作品は狂気を描き切ることが出来ているのだと思う。
*補足:ロバート・キャパは恐らく世界で一番有名な戦場カメラマンで,戦場で亡くなった。2年前にそのことをブログで書いたことがあるので,良ければそちらもぜひ読んでみて。
まとめると,淡々と描かれた人間の狂気・怖さがこの作品の一番の魅力だ。
あとこの作品ですごいのはよく見ると登場人物の近くに丸数字が振られていること。これは何かと言うと,死ぬ順番を表している。すごい。そんなのゴーリーの『ギャシュリークラムのちびっ子たち』でしか見たことねぇよ。あれはアルファベットだけど。
- 作者: エドワードゴーリー,Edward Gorey,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2000/10/01
- メディア: 単行本
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あー疲れた。ひとまずは3選書いてみたが,それだけでかなり大変だった。すぐ話が逸れて余計な話をしてしまうからなんだけど,まあそれは仕方ないので。
ビールもなくなったので終わり。