冷たい水の中をきみと歩いていく

平坦な戦場で生き延びること

11人いる!になった話

日,うちの会社で普段お世話になっている印刷会社さんの社内見学をさせていただいた。前職の教科書会社ではグループ会社に印刷会社があったのでどこの印刷会社に発注するか考えることがなかったが,現職では担当書籍ごとに複数社で相見積もりを取って発注するようにしている。今回はそのなかでもかなり懇意にさせていただいている印刷会社だ。

 

ところで言うまでもないことだが,出版社には社会不適合者寄りの人が多い。定時に出社しない,アポをすっぽかす,スケジュールを無視する。もちろん私も人のことなど言えないのだが……。そしてそのしわ寄せが行くところは,作業工程の下流部分,つまり印刷会社である。まいどまいど,大変申し訳無いと思いながらしわを寄せまくっている。

 

本題に入る前に,ごくごく簡単に”本ができるまでの流れ”を書いておく。

 

①入稿・・・原稿を印刷会社に渡す

②初校・・・①をもとに校正刷り(いわゆる”ゲラ”)を出してもらう

③初校戻し・・・②に修正赤字を入れて印刷会社に戻す

責了

⑤製版,刷版,製本,納品

 

中心となる作業は基本的に②と③の繰り返しであり,いたって単純である。回数を重ねるたびに再校出⇒再校戻し⇒三校出⇒三校戻し・・・となり,最終的には「念の為」ということで”念校”を出してもらい,それに赤字を入れて責了(責任校了:印刷会社の責任で校了とする)となる。実際,「念の為」であるはずの”念校”でバンバン赤字が入ることなど珍しくもなんともない。本当は印刷会社にも負担なので避けるべきなのだが。

 

出版社はゲラに赤字を入れて印刷会社に戻しまくる。なんならそれが仕事みたいなところもある。もちろんそれは良いものを作りたいからなのだが,時としてそれは印刷会社を圧迫する。印刷会社のDTPオペレータは何度も何度も赤字修正を繰り返し,ゲラを出してきてはさらにそれに赤字を入れる・・・。終わらない無間地獄。そして②③の工程が長引けば長引くほど,⑤の工程がどん詰まりになってくる。

 

そして出版社の人間は②③の工程には大変執着し事細かく赤字を入れるが,驚くほど⑤の工程に対して無頓着である。⑤は印刷会社で行う工程で目に見えないこともあり,さらにスケジュール管理が苦手な人が多いため頭からすっ飛んでしまうのであろう。そのため印刷会社には本当にご迷惑をおかけしっぱなしなのである。

 

前置きが長くなったが,本題に入る。

 

合時間になり,印刷会社の1Fロビーにてうちの会社の参加者が集合している。いくら出版社の人間といえど,誰も遅刻していない。参加者は10名。ふだん印刷会社に関わることが多いのは書籍編集部と雑誌編集部,制作部だが今回はそれに加えてシステム部と営業部の社員も参加していた。これが後々面白いことになるとは,誰も予期していなかったであろう。

 

そうこうしているうちに印刷会社の社員さんが現れ,当日のスケジュールの説明をしてくれる。「DTPの現場を見て,画像編集の現場を見て,製版部を見て,そこから印刷機のある工場まで移動します」とのことで,なんだかまるで社会科見学のようだ。

 

説明が終わり,みんなでエレベーターに乗り込む。事務室フロアまであがり,資料が置かれた席に座る……。あれ,1席足りない。

 

ていうか,明らかに知らんひといる。リクルートスーツに身を包み,ひっつめ髪で緊張した面持ちのあなたは誰だ。誰なんだ。

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明らかに知らんひとの絵です

 

いや実は1Fロビーにいるときから「こいつ知らねーなー」と思っていた。あとから聞いたら他の社員もみんな「こいつ知らねーなー」と思っていたらしい。しかし「もしかしたら印刷会社さんの新入社員も同じタイミングで社内見学するのかな?」と思っており,誰も言い出せなかったのである。一方で印刷会社の社員さんもふだん関わりのない部署のうちの社員が参加していることもあり,「こいつ知らねーなー」と思いながら言い出せなかったのだそうだ。なんだそのコント。

 

実は彼女は同日開催されていたその印刷会社の説明会に参加しにきた就活生であり,なんと1Fロビーに集合していた集団に混ざってエレベーターで上がってきてしまったのである。エレベーターのなかで印刷会社の社員さんに「こないだ作った本の印刷なんですけど」なんて親しげに話しかけていた我々のことを奇異な眼差しで見つめていたに違いない。しかしまあ,入社前にすでに社内見学とはかなりイカした経験ではないだろうか。

 

10人の社員に誰も知らない1人の就活生,図らずして萩尾望都先生の『11人いる!』の状況になった。いやもちろん1人多いのが誰なのかはみんな知っているわけだが。そして彼女は恥ずかしそうにそそくさと退出していった。その後の彼女のことは知る由もないが,無事面接に進んでいるといいなあなんて思っている。

会社見学が終わると,おのおの「じゃあ私はJRで」「メトロで」「都営地下鉄で」「バスで」と解散したので,やっぱ『11人いる!』のラストじゃん!と心の中でツッコんでいた。

 

 終わり。